私は家を出る前に、確かに夫婦喧嘩がありました。自分の病気の事に気がつかない私、そして夫も気がつかない。
これではいつまでたっても平行線だ。私は自分の殻に、はまるばかりだ。
町役場に相談する前に私は高校の時の友達と自分の両親に相談をしていた。
1年前に両親も南伊豆を訪れている。
体力と、精神的にもう自分は限界に達していた。でも、その時両親は夫が帰宅する前に神奈川に戻っていってしまった。
その他にも原因はある。悪いことは重なる。
伊豆にくる前に、夫の両親との同居。二世帯で玄関も別だった。最初は仲良くやっていたと思う。しかし2人目が産まれる頃、家族間のことで(ここでは詳しく書ききれないが)色々あった。(金銭的なこと、私の両親のこと、夫の姉のことなど)
いつのまにか私たちと夫の両親の間に溝ができてしまった。
そんな時に、伊豆の土地と家を購入した。
いずれ、時期が来たら住もうと。私は子供たちが大人になってからだろうと、その時は思っていた。
夫もぎくしゃくしたそんな環境の中、自分を癒してくれる場所が欲しかったんだと思う。
その前も、車を買い換えたり、気分転換はしていたが、今度は少しマジ顔だった。
本当に伊豆に住みたかった様だ。
結局のところ夫の両親との同居は6年でピリオドをうった。
周りの反対もかなりあった。とどまって家を出ない方が良い。と、でももうその時には遅かった。
私たちは、実家から2㎞くらい離れた場所に、住居を借りた。
また、仮住まい。自分たちでお金を出して二世帯を建てたのに、私たちの家でもあるのに、他人に貸してきて
自分たちは仮住まい。
何だか、その辺から歯車がかなり狂い始めてきていた。
夫は、正直 両親とも上手くやりたかったし投資したお金の事もあったし、何しろ引越が一番面倒くさかったと思う。
私の精神状態も、長男出産後くらいからあまり良くなかった。
そこにも増して、次女の続いての出産。自分にも夫にも負担が余計に重なった。
そして、長女の転校なども。
もう、色々ありすぎて、落ち着くわけがない。
夫婦仲もぎくしゃくしだした。そのころから。私は高校の友人と、たまたま見ていたテレビでDVというものを知った。
高校の時の友人は自分の親も離婚しているし、妹も離婚しているし、悪いことは離婚すれば良いというかたよった考えだったのだと、その当時を振り返って思う。
そんな友人に相談していた私も無防備。温室育ちとかたや、小学6年生の時から親の事で苦労しているその友人とは生きている道が同じなわけがない。育ちも考えも全く違うのに、わかるわけがない。
私は、相談した友人にはめられたと今は思っている。ずっと私の不幸を願っていた人物なんだなって。
離婚がわかってから全くと行って良いほど、連絡が無くなった。養育費はばっちりとった方が良いとも言われた。
年賀状ではいやみたらしく旧姓で送って来られた。向こうはどういう考えだったかは知らないが、メールをしたが、結局、返事はそれから2年たっても一度もきていない。
本当に、人のことをはめる人間がいたんだと、私の友人を見る目が無いことを悔やんだ。
そして、話は変わるが、夫は伊豆に行く前に18年勤めた職場で上司の不幸などが重なって益々、職場への不信感をつのらせていた時期でもあった。
本当に悪いことは重なるのだろう。夫は心機一転に仕事を退職し、新たな自分の生き方を見ていた。そして家族もきっと上手くやれるだろうと…
でも、私はというと、その時は伊豆に行くことで期待もあった。若いな、まだ35歳くらいだったし…
家族が良くなるんじゃ無いかと、夢見ていたのかな?
人生勉強なんか私なんてその頃は小学生並み。夫にも適切なアドバイスをするなんてできない。私自身がおこちゃま。
10年間苦労もしないで結婚してから主婦をやっていた私が仕事です。
今思えば、子供も3人いて苦労も無し、田舎暮らしの先入観無し、贅沢三昧な感覚な私がつとまるわけがない。
案の定、つまずいた。精神の不安定さが益々増して…
人生なんて自分の思った通りになんか決して上手くいかない。挫折を思いっきり味わった。
こんなふうに、夫婦の事なんて書けばきりがない。
今夫は42歳。私は41歳。子供たちにとって、今までの私は本当に出来損ないの母親でした。
表面ばかりの母親ばかり求めていたように思います。心から、本当の母親になれていなかったとつくづく反省の毎日です。
そして、夫婦なんて色々あって当たり前、苦労も共にしていけばよい、苦しいときは一生続くわけではない。一緒に歩めばよいと今はそう思えるようになった。
最近悲しい事件を良くテレビで見る。母親が子供を殺して自分も自殺する。
胸が苦しくなります。
助けてくれる人は沢山いるはずなのに、間違った手助けをしたり判断をする事によって、本当に取り返しのつかない事になることが多いように思います。
私の場合、確かに精神の病気はありますが、決して自暴自棄にはなっていません。家族がいつも目の届くところに私もいる。そしてこうやってブログを書くことも一つのリハビリなんです。
決して精神の病気は精神科で薬をもらうだけで治るものではありません。家族と周りの支えてくれる人間や環境、ものによっても違います。
生きていれば、こんなことは誰だって訪れるものなのかもしれないし、自分には無関係な事などないとこの年になって知ることができました。
人は、人の痛みがわかりません。
でも、乗り越える強い力は持っています。
だから、夫婦で喧嘩が絶えないだけで、離婚と言う答えは、安易過ぎるし、家族の重みも何も無くなります。
家族というものが、あらためてどんなに大事なものなのかは、自分で作り上げて行くものだし自分で守って行くものだと私は思っています。
DV法という法律で家族は良い方向に向かうよ。という答えだけが決して解決策だとは思ってはいません。
家族を続けることによって積み重ねていく愛情が培われると言うことを教えていただきたいと思います。
そうすれば、もっと他の幸せの見つけ方ができるのでは無いかと。私は思います。
話がそれますが、昨日金スマを見ていました。
今、愛のままで でヒットしている秋元順子のことを取り上げていましたが、アナウンサーが秋元順子に、ご主人とぎくしゃくしたことはありますかの質問に、ありましたと答えた。
その堂々と言えることが普通の夫婦なのに、今は夫婦仲というものをあまり公表しない人がいる。
家は、喧嘩はしません。夫は良く子供の面倒を見てくれます。よく働いてくれます。休みの日には家族サービスしてくれます。夜は男を見せてくれます。なんて、できすぎたお話の一部。架空のものに男というものを女が勝手に当てはめて作り上げたとしか思いません。
それに、今は男が草食動物化しているとさえも言われているらしい。
だから、夫が大きな声を上げたり、妻を叱責すると言葉の暴力。行きすぎてぶっちゃうと、暴力と取り扱われてしまう。
世間の偏見とかたよった考えがこのDV法や児童虐待を加速かさせていることは事実だ。
そして、町中では精神科の多いこと。直ぐに病名をつけては薬を出して、飲ませて余計に酷くさせています。
確かに、私も精神薬を飲むまでは、こんなに酷く幻聴や幻覚は無かったと思います。
でも、その前に、どこかがおかしいとは自分でも少しは感じていましたが、そうです。簡単に酷くなるのも良くなるのも自分次第だし、家族次第だし、周りのちょっとした環境で変わってしまう、恐ろしさが常に自分と背中合わせだと言うことを実感しました。
だから、今はちょっとした引きこもりになってしまいましたが…
少しずつ改善していこうと思っています。
と言うわけで、夫婦はただ結婚して幸せ、子供ができて私は幸せだけではいけないのです。
家族というものをつくりあげる仕事があるのです。
その仕事を怠れば、結果が必ず、あります。逃げれば逃げただけまでの家族、夫婦で終わってしまう。
そして、何よりも、決して人間、独りでは生きていけませんから、年をとっても家族がいるのといないのでは全然違うと思います。
夫婦は年をとっても一緒です。子供は子供の人生がありますから。
夫婦でいる以上、我慢も一つの仕事であって、全て家族のため自分の為になると今では、自分なりにそう思っています。
だから、今の苦労は決して無駄にならないようにしっかり生きて、家族を守ることが私の勤めなのだと。そう思っています。
DVで家を出てから後悔されている女性や、いまだに全く妻や子供と連絡が取れない方、そして妻とも子供とも会うことはできるのだが、いまだに離婚状態の方別居状態の方、色々DV一つによって被害のあわれかたも違ってくるかと思います。
女性が悪法の様に使っていると言うことも聞いた事があります。
こんなに被害が多発して、まして保護命令から殺人事件までだしているDV法を、決して一人歩きさせては、いけないと思うんです。
私のブログを見ている方で、男性の方でも女性の方でもコメント欄で何でも結構です。是非ご自分の
被害にあわれたことを詳しく世論に伝えていって下さい。
みんなの声がいずれこの法律を撲滅する事を願うばかりです。
家族、子供を守るための、個人のちっぽけな声ですが、色々な方に届くことを願っています。
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