小学校で子供達3人がお世話になった校長先生と担任他先生達。
裏切るような形で南○○町を出てきてしまい本当に申し訳なく思っています。
今でもあの声が耳に残ります。家を出て次の日に小学校に電話をしました。そうしたら校長先生が言いました。「子供達は元気ですか?お母さん本当にこんな事になっちゃっていいんですか?お父さんがさっき学校に来てずっと待っていました。心配そうにしていましたよ。」その言葉を裏切るように私は涙をこらえ「いいです。」と言ってしまいました。
子供達3人は長女が中1になる1年前小6 小2 小1で3人がお世話になりました。運動会一輪車。かけっこ竹馬、ドッジボール大会、合唱祭数え切れないほどの沢山の行事の中で夫婦で校長先生にお世話になった事もありました。
それなのに、私たち家族のことを本当に心配してくれた人がいたのに私は裏切ってしまいました。
本当にごめんなさい。今更こんな所で誤っても許しては貰えないのはよく分かっていますが…
自分が情けないです。
子供達はこれから今の土地で生きていくことになると思います。
私は子供達や夫を南○○町へ帰ることすら奪ってしまい、本当なら私が死刑です。
どうしたら、この苦しみから脱する事が出来ますか?
毎日毎日、あの時の事が蘇り私があの時にやっぱり止めますって言えばこんな事にはならなかったのに。悔やんでも悔やみきれません。
もうすぐ4月です。
校長先生は今年も南○小学校にいらっしゃるのかな?
本当だったらお詫びしたい。
行政は憎む。でも学校の先生は違う。私たち夫婦を知っている小学校の先生達は苦しかったと思います。夫に隠さなければならなかったから。そういう風にさせたのはこの私。今更なにいってやがる。と思われるかもしれない。だけど心から申し訳なく思っています。
あと友人でも1人出てくる前にすごく心配してくれた友人がいたけれど、その友人も振り払って出てきてしまった。色々な人に迷惑や心配を掛けて、町を出て行かざるを得なかった。夫も私たちの6ヶ月後にその町を出てきてしまいました。仕方がなかったと思います。辛すぎたと思います。神奈川に来てようやく家族で会えたのは保護命令の期限が過ぎてからです。
期限なんてあり得ない物なのに、期限だなんて。賞味期限じゃああるまいし、夫婦で会わないなんて誰が決めたの誰がそうしろと言ったの。子供の父親だよ。何で危険なの。よっぽどこのDV法を作った人が危険。
家の両親の方が危険。
どこからそんな風潮になったの。DVなんてどこにあるの。
男は女のようになれと言うこと?身体も違うし無理。
女に男になれというのついてないから無理。
どうしてこう無理にこじつけるのかな?自然が1番なのに。無理に何でもやろうとするから疲れる。
過去を振り返っておかしい事が多すぎる。まずは一時保護所をターゲットにした方が良いのだろうか?
作成者 dvhigai1 : 2008年3月17日(月) 14:38 [ コメント : 4] [ トラックバック : 0]
人が登録
最近のコメント