親を信じて
私は子供の頃から両親の愛情を感じずに育ってきました。
その代わり、母型の祖父母と同居だったので、初孫と言うこともありとても大事に育ててくれました。
小さい頃の思いでは嫌な思い出は両親のこと。良い思い出は祖父母や親戚のおばあちゃんやお姉ちゃんやお兄ちゃんやおばさんやおじさんです。
両親の愛情なんかなくたって私はこんなにたくさんの人からかわいがられ育ったとずっと思っていました。
しかし、24歳の時に突然祖母を脳梗塞で亡くし、夫とはその頃は翌年に結婚する約束をして話を進めていた矢先でした。夫にクリスマスプレゼントに編んでいたマフラーを途中まで祖母に編み方を教えてもらいながら突然この世からいなくなってしまいました。
24歳でこの世の終わりとも思うような悲しみに暮れてしまいました。
夫との結婚も楽しみにしていたので、もちろん翌年に結婚しました。
祖母は夫の純粋なところが好きだったみたいです。
「あんないい人はいない○○は幸せだね」と生前良く言っていました。
祖父母とはそういった信頼関係があったのですが両親とはまるっきり疎遠でした。
お金を出してもらい高校や短大に通わせてもらった、確かに有り難いけどそれ以上に感謝の言葉が見つからなかった。
祖父は私が結婚して一番下の子がお腹の中にいるときに亡くなった。
結局は祖父母は親よりも長生きをするわけではないので、私の愛情物語はそこでジエンドになってしまった。
それでも肉親はいる。親だ。困った時には助けてくれるだろう。そう信じて生きてきた。
でも、数年の隔壁はどうしても埋められないし、両親はもともと育児放棄だったのだ。
周りはいつまで親に甘えているの等と言うかも知れないが、甘えではなく、信じることが愛情だとずっと信じてきた私には、今回のDV法を使えといった父には信じてきた分裏切られたと思うと悔しくてたまらない。
それは自分に対しても同じだ。
そう思えば、やはり最後まで自分に愛情を注いでくれて育ててくれたといってもよい祖母のいった夫への信頼のある気持ちを私は最後まで信じるべきだったと深く反省をした。
今は両親と会わずして2年たちました。
そんな状態でも実父は私とは縁をきる。葬式にも来るななどと、まるで私が両親を裏切った悪い娘の様に思える。
悲しいと言うよりも呆れてものが言えなかった。
実母は「下の2人の子供はどうするの?せっかく私たちになついてきたのに」と言ってきた。
長女はその時不登校で苦しんでいたのだ。そんなことよりも自分になついた子供のことを心配するとはご都合主義だ。
長女はお陰様で夫と再会してから中1の3学期から学校には毎日通い続けてくれました。
私の両親の考えはどこか間違っている。
最終的には私への愛情を注いだと言うよりも夫との関係を断ち切り孫を私を独占して奴隷にでもしたかったのだろうと思う。
ならば、今2年たって何も連絡がないのは答えだろうと。
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