私は夫よりも田舎の生活に疲れていたのだと思う。
2008年4月12日(土)
DVではなく田舎で3年暮らした時間が自分には負担になっていたのだろうと思う。夫はそんな私の事を分かっていたのかその時は私は分からなかった。
今神奈川にきてと言うか地元ですが、やはり静岡県は田舎だと感じました。人間がよそからきた人間ばかりで医者も行政も皆田舎ものでした。そんなところも良い部分もありましたが、あまりの世間知らずのところに呆れて疲れて、そんな中仕事に車で1時間もかけて通っていたり、子供の役員をやったりと疲れることが多すぎました。
しかしながら土地と家は好きだったので、離れることを躊躇し又犬と猫をおいていくことにも躊躇していました。
もう、こんな生活は耐えられないと思った矢先の夫婦喧嘩でした。
絶望的な自分がもう限界と叫んでいました。
両親に夫にぶたれたと言ってしまいました。
本当は誰かに認めてもらいたかったそんな私のわがままでした。
だから今思えば夫は全然悪くなんか無い。
自分の本当の勇気が無くDV法に頼る勇気はあったのだと思っています。
だから施設に行くまでの女性センターと町役場の職員が用意した車に乗ったときはもう自分はおしまいだと思っていました。
案の定、施設に着いたら、もう何もする気力がありませんでした。
夫の元にももう戻れない。自分の住んでいた土地にももう帰れない。
じゃあ行き場所はと考えると施設にとどまり時間と共に出るときがきたら、両親に引き取って貰えるかと、そう思っていた。
たったそんな理由からなんです。
もう、限界といつも自分を追い込むくせがあり、今はそんな事が無いように自分の行動に凛として立ち向かう事にしました。
でも伊豆は私は大好きなんです。ただ、生き方が合わなかったのかもしれません。
それに精神を病んでいたのも全部の理由が重なり夫とのいざこざも重なりこの様な結果になったのです。
皮肉なものです。
作成者 dvhigai1 : 2008年4月12日(土) 19:04 [ コメント : 17] [ トラックバック : 0]
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