DV一時保護所

シェルターからの脱出は無理

よく、シェルターに入り脱出した人がいると聞くが、実際には不可能だと思う。
脱出できる人は子供同伴の人ではないでしょう。
現実に、自分の入っていたシェルターから何回か脱出した人の話によると、その人は脱走を自分だけ先にこころみた様です。結果子供2人は児相にとられ後に里子に出された様です。持ってきた荷物はシェルター内で処分された様です。なんて恐ろしいんでしょう。
では子供と同伴で逃げれなかったのでしょうか?と思いますが、子供は大事な人質です。お母さんが外出時は見ていてあげるとシェルター内の職員が子供を見ています。というより監視ですけどね。特に小さい子供はそうされます。
シェルター内では、いじめなど陰険な事が行われています。
新しくシェルターに入ってくると、長いこと入っている人に目をつけられます。
まるで刑務所のドラマの様です。(よくテレビでやっていますよね、新人はトイレ掃除とかって)
だからそういった異様な空気に違和感を感じ、脱走しようとするのです。

大半はこういった理由からとか夫から謝りのメールをもらったからが多いんではないでしょうか?

私も実際にそうでした。夫が心配をしているし、施設の部屋には鍵もなくプライバシーがないことが何より苦痛でした。
また、陰険な人間がいていじめにもあいました。
入って3日くらいたつとそう、思うようになってきました。
でも、そこで出たいと職員に言っても、接近禁止令(保護命令書)の作成に取りかかるように指示されます。
それを書き上げて裁判所に提出して保護命令がおりないと、退出は認められませんでした。

私は必死に書くことで早く出られることを祈っていました。
でも、考えるとそれを出すことによって夫は憤慨するのですよ。だから私は夫を怒らせていると実感していました。
恐怖心や心配に変わっていました。

一度シェルターに入ると容易にでれないと言うことは事実です。
本人の意志とは関係なく職員の強引な意志のもとでです。

ここまでくると私ももうどうして良いかわからない状態です。
シェルターを出て後は離婚の手続きしか道はないようにも指導されます。
その後はホームページにのっている私の手記を見てください。


DV法など穴だらけの法律で一貫性がなにもありません。
また児相問題とも隣接しています。子供が児相にとられてずっと返してもらえないのは里子に出されてしまっているのです。
両親の意志に関係なく、こちらも児相の職員の意志です。

日本はいったいいつからこんな国になってしまったのでしょうか?

話変わって、25日下田市で行われる元幕僚長のお話会に私は出席する予定です。
日本人として真実を知りたい。DV法や児童虐待になるまでの真実を知りたい…
切に思います。

また精神疾患とDV法もとても密接なつながりがあるのです。
次回、また書かせていただきます。

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続きです。


私は夫とこういう風になるまで精神科に通院していて鬱病でした。
この事をかかりつけの精神科の医師は知っていたのかどうか、後にあることで診断書を書いてもらったら鬱になった原因が夫のせいでそうなったと書いてあったからびっくりです。又、DV法のことにも触れていましたからびっくりです。
確かに原因の1つにはあったかもしれませんが、私は今となれば持病だったと。この事がもっと早くに気づいていればこんな事にはならなかったと思っています。かかりつけの医院も女性センターの指導は受けていたようです。
私が病気だと知っていたら、夫も私に対しての対応ももっと違ったはずです。
生まれつき持っていた人格的な障害を医者は見抜けなかった。
これは大きな過ちです。とその当時を振り返って思っています。
病気はもう今から6年前以上前からあったのですから…
夫のせいだけではありません。
医者の未熟さにも驚きで、施設の管理体制にもなっていなかった事が沢山あり、もっと専門の知識を持った医師やカウンセリングなども必要だったのではないかと思っています。ちなみに私の飲み薬は当時相当なものでした。自殺することも可能だったと思います。
そんな心理状態の人間を無法地帯にし、子供は拉致する。
その様な施設の管理体制は大いに問題があるかと思います。

施設の充実を図るのであれば十人十色それぞれDVかどうかも判断がつかず保護所に入所の人もいるはず。
それをきちんとカウンセリングして夫と面会させるのも必要だと思います。でも、フェミは違うとらえ方をします。
此処の施設に来たと言うことは自ら暴力があると思って出てきたんだから間違い無いと。
勝手な言い分です。そこに来る人たちは心に迷いを生じて来ています。
もっときちんとしたカウンセリングの人を施設内に置いて欲しいものです。洗脳だけでは無く、夫婦のカウンセリングをできる人を置くべきです。
これは私の一意見ですが、そうすれば子供も家族も皆良い方向に進むこともできるはずです。ケースバイケースで夫婦には色々な事情がありますから…
でもたいていは夫婦喧嘩の延長だと思われますが?…


作成者 dvhigai1 : 2008年5月6日(火) 10:31 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]
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保護施設内でのこと。子供を拉致する?


夏の暑い日になると悪夢が蘇ります。今年で6月でまる3年になります。やっと最近はこの様に話ができるようになりましたが、以前はまったく話ができるような状態ではありませんでした。

施設内は未知な世界なのでこんな事本当にあるのと言うことを書きます。
自分は夫から携帯に保護命令書を出すまで何回も電話やメールが心配してかかってきました。
それが辛くて、施設内で職員に別の言い方でこう言いました。
「実家と密にこれからの生活のことを相談したいので携帯が欲しいのですが…」返事はOKでした。
普通はこんな事はいけません。購入も不可。外出も不可だったんでしょうが、私はバックに民生委員をやっていた実父がいたので女性センター側も安心をしていたのでしょう。その為に女性センターと実父は密に連絡をとっていたようにも感じ取れます。

そして静岡県の繁華街に携帯を買いに行くことになりました。
そこまでは車で送ってもらいました。しかし条件がありました。子供たちは置いていくこと。なぜだかはわかりませんが…
後に施設内に入居を何回も繰り返している女性がこう言ったのを覚えています。
「私は子供たちを残して家が施設から近かったので夫と会うことになり外出して約束の時間までに戻らなかったら子供たちを児童施設に連れて行かれてしまった。荷物も返して貰えず処分されてしまった」と。正直この話は怖かったです。もし私が外出して戻らなければこうなっていたのでしょう。うちの子供たちも。
その後そのお子さんたちは里子に出されてしまったとも聞きました。4回位保護所を出たり入ったりの繰り返しをしている常習の人だからというのもあるかもしれませんが…
何を言いたいかといいますと女性センターはフェミは子供を盾に又子供を人質にしてまで保護命令を出させ、家庭を破壊させるのが何しろ目的なようです。
うちは幸い子供だけはその様な事にはなりませんでしたが、ある方は同じ施設内の女性は妊娠をしていて9ヶ月でもうすぐ臨月だったと言うこともあり忙しそうでした。その方の内容は、お子さんが4人いて長男は里子に高校2年生か3年生で定時制に通っているそうです。
長女は自分の手元におき定時制高校1年生。次女は保育園児で5歳。
次に生まれてくる子は市立病院で産むので次女と長女はそれぞれ里子と児童施設行きが決まっていました。
私が入所中に出産準備でその日がきて次女は職員の手によって施設送り。長女は決まった里子の元へそれぞれ行ってしまいました。
母親は生まれてきた子と階下にある同じ建物内の母子寮に入ることが義務付けられていたのでありました。
子供と母親すら何か事があれば隔離されてしまう。
こんな現状は非常に見ていてもいたたまれない気持ちでいっぱいでした。
うちは今はこうして家族元に戻りましたけど、今思うと、施設内はカウンセリングの人もいないし保健士らしき人もいなく、きちんと病気の人などを管理していたかは不明です。


作成者 dvhigai1 : 2008年5月6日(火) 10:30 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]
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一時保護所は場所をばらされたら困るのかな?

2008年5月1日(木)
もう、こんな法律無いに等しい。DV法。だから公表して施設つぶしなんてどうでしょうか?私がリスクを負うでしょうか?
このサイトを見ている方がいたらご意見を伺いたいです。
何を言ってもテープレコーダーのように「知らない、わからない、適切に対処した」の一点張り。
その後はお得意のたらい回しであっちこっちの部署や上の方にまわす。
上の方は無論当事者では無いから上に記したテープレコーダー用語が又聞くことができる。
いっそのこと石の人形でも置物でも良い役所に置けば良いのだ。
ボタンを押すと「知らない。わからない」を言い続けるのだ。
なんて滑稽だろう。
一時保護所は洗脳の館。場所はもちろん公表できない。だって洗脳の場面を見せちゃうことになっちゃいますよね。やばいやばい。
これってなんかの宗教団体でありましたね。
私は宗教は興味が無いので良く理解できません。メロンも好物ではありません。
今や無駄な税金で裁判しているようですけど…
滑稽と言えば滑稽になってしまいますが…
これは私の一意見なので個人的なものです。

しかし、話戻りますが、これから役所関係行政の人間はセルフになり、このボタン式人形が活躍されれば税金もかなり安くなるに違いないのに…
こんな良い発想ないと思うのですが…

さて一時保護所ですが、本当に暴力を振るわれて家に居られないほどの事なら警察に逮捕してもらえばいいんですよ。
男の人に洗脳したらどうですか?
あり得ないですから。昔からおしうりは、女性をターゲットにするというのが鉄則。
得意ですよ押し売りさん。
「水道の中に異物が入っているので点検にきました。」昔アパートの住んでいるときにそう言った事がありましたが、家の中にはもちろん入れないし断って帰ってもらいました。
早速不動産やさんに電話して確認したらそう言った事は業者に頼んでいないといわれ、ホッとしました。
でも、万が一信じていたら高い機械を付けられお金を取られていたに違いないだろうと思いました。
男性にはこんな手口は通用しないので女性をターゲットにします。
バーゲンも女性をターゲットにします。

ちなみにうちは夕方以降安売りの食品をスーパーに見に行くことはたまにありますが、バーゲンは昔1回友達と高校生の時にお小遣いをもらって行ったらろくなものが無かったのでばかげていると思い、それから二度と行っていません。福袋も1回買ったら中身はいらないものばかり。
1万円損したと思いました。直ぐにオークションで売りに出して元は取れましたが…
と言う感じで女性はだましやすいんでしょう。
だからだましの館洗脳の館ことシェルターとか保護所は洗脳しまくるんでしょうね。
私は馬鹿だけど引っかかる手前で気づいちゃいました。
心は騙せません。
どこか私は変に感が鋭いのか?逆に鈍いかのどちらかでしょう。


作成者 dvhigai1 : 2008年5月1日(木) 17:46 [ コメント : 11] [ トラックバック : 0]

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夫と私の足跡


家出をしたその日は携帯は保護所に職員の命令で金庫に土日の2日間預けていた。
夫からのメールを初めて見たのは月曜日の朝8時半過ぎ頃。
小学校に欠席の理由を述べて校長に話した際に携帯は番号が記されているので返してもらった。夫から心配の声かけ。直ぐにどこでも迎えに行くと、体調を心配しちゃんと寝ているかも心配し、今思うと涙が止まらない。私はこんなにも夫を苦しめてしまった。仕返し?ぶたれた仕返しにしては酷すぎる行動だ。
私はきっと地獄に行くだろうとさえ思った。
保護命令を出してからはぱったり電話もメールも来なくなり私は新しく保護所の近辺で携帯を購入し新しい番号を持った。
夫はそんな事は知らず、前の携帯にまだ出てくれると信じていたのだろう。
保護所を出てから2週間実家に滞在。実父は協議離婚を勧めた。料金が安く弁護士に頼めるのがみえみえの行動だった。
私は知っていた。協議離婚で離婚したDV被害者はいないことを。
実父はそこまではあまりしらなっかた様だ。
とにかく離婚させて手を切らせたっかた様だ。
そうしたら私はもとより孫も自分たちの思うがままに扱えるからだ。だけどうちの子供は強かった。そんな実父の手には騙されず、とことん反抗していた。私の事は信じてくれていたが実父の行動や実母の行動には呆れていた。もう小学3年生や2年生、中学1年生なら自分でもわかるのだろう。

夫から久しぶりに前の携帯に良く電話が入っていた。もちろん出ることはなかった。メールもたまにあったが電話の方が多かった様に思う。
酷い私は電話にも一度も出なかった。それどころか実父にストーカー法のことも聞いた。このメールや電話の記録がストーカー法にもなることを。(だから今そうやって連絡を取ろうとしている男の人ははめられてしまうかもと心配しています。何しろこの馬鹿な法律はとことん馬鹿げているから…)

しかし時は流れ家出をしてから離婚調停に話が入り出す頃、私はもうこれで本当にお別れなんだと夫の感謝の気持ちを記した手紙を弁護士を通じて渡してもらった。
その間初めて私から夫にメールをした。その一言を今も覚えている。
「体調が悪いのでメールでお願いします」「お前腹黒いな」このやりとりだった。
腹黒い。確かに私のやり方は本当に酷い。だけど自分の生い立ちに問題があったのを夫は少なからず知っていた。もしやバックにあの実父がと夫は思ったのであろう。

最後まで夫は私のことを信じてくれた。だからその後里芋を送ってくれた時には(住所は何故わかったというと弁護士が離婚調停に私の現住所の記載の用紙をのファイルを夫側に見えるように持っていたそうだ)
受け取り拒否ができなかった。しっかりと箱を見つめ箱を持った。
涙が止まらず、本格的に私の馬鹿な洗脳は解けた。
ずっとお互い信頼していたから、夫に感謝の手紙を書くくらいならこんな事最初からやらなければ良いのに。自分で自分を責めた。
失ったものは沢山ある。
だけど、今は現実生活が大変だけど心は暖かい。
家族ってやっぱり暖かい。父ちゃんがいて母ちゃんがいてシロがいてゴロがいて子供たちの3人の笑い声が何とも暖かい。

今年またあの悪夢の日が来る。3年目だ。年月を感じても実際にやっていることは酷いことばかりだ。
夫と私の足跡を残しこの法律の排除をしたいとそう願っている。
児童虐待も母親の方が酷いのは私も良く知っている。
実の父親はそこまでしない。ままちちは別だけど。


父ちゃん。明日から5月だね。毎年5月はお祭りに行って秋までお祭りに行っていたね。7月は七夕、8月9月10月は御神輿だったり、ずっと一緒だったね。スキーも行ったしバーベキューも河原にも海にも釣りにもいっぱい行った。
傷は癒えないけど又みんなで行けるかな?
足跡作れるかな?  つくろうよ又。


作成者 dvhigai1 : 2008年4月30日(水) 19:07 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]
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一時保護所や民間シェルターの悪用の仕方があったとは

2008年4月24日(木)

他に男の人がいる。まさしく不倫で浮気である。こういった女性が「夫に暴力を振るわれました助けて下さい」この一言でシェルターや保護所をご丁寧に案内し、生活の保障もしてくれる。
この証言は私が利用した女性センターのやり方。
DVとでも一言言えば何でもDV事実は何であれ、助けて下さい。この一言が魔の道へ行く合い言葉。
なんてたちの悪い法律でしょう。
子供たちも同伴でね。必ずよ。も大事な一言。置いてきたらさあ大変!いったい何がたいへん?煮たり焼かれたり食べられたりするの?子供たちが?
鍵を預けたりもさせる。これは証拠隠滅の為車の乗り捨てを隠す為に警察と同伴ぐるで車の所有者は夫なのに妻が乗り捨てた車を乗り捨てた場所以外に移動させたり、妻が自分で車を乗り捨てたかのように手紙まで書かされてしまう。
後に女性センターの担当職員に聞いたら「鍵は車の鍵のみお預かりしましたどうもすみません緊急生を感じましたので」と言われた。
謝れば全部ちゃらなの?人のウチの鍵勝手に持っていて、緊急性を感じましたと言えば通っちゃうの?完全な人権侵害に法律の悪用でしょう。
私はずーっと夫に会うまで記録を頭にこびり付けていました。夫に会わなくてももしかしたら何年かしたらこの様な事を公表していたかもしれません。
不正が嫌いなんです。でも立ちはだかる山は大きいです。だってそれだけの事を私はしてきたのは事実ですから。今は受け止めて行くのだけで精一杯です。だけどいつかその山は絶対に切り崩して壊してまっさらにするつもりです。
今は体力保持。健康維持。といった感じですかね。
そのうち厚生省にも殴り込み。国を見返してやる。と口でいきがっています。情けないけど…
フェミちゃん!出ておいで!といったところかな?
筋力付けておくよー!!事実 最近仕事で筋力ついちゃって。ちゃんこになれそうです。どすこい どすこい


作成者 dvhigai1 : 2008年4月24日(木) 18:38 [ コメント : 12] [ トラックバック : 0]
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保護所やシェルターはいったい何の為にあるの?

2008年4月22日(火)

被害者?加害者?誰がその様な名前を付けたの?被害者は女性?男性は加害者?いつの間にか浸透している世の中に勝手に歩き出している。まるで一瞬の金儲けの為に。
いつから男性は加害者になり女性は被害者になったのだろうか?男女平等とか男女雇用機会均等法とか女性車両とか冤罪とかセクハラとか言ったらきりがない女性の為にできた法律たち。でもこの法律のせいで一番泣くのは女だと言うことがわからない愚かな女たちがあまりにも多すぎて救いようがないように感じる。
本当にこれから苦しくなると言うことに早く気づかないと自分がだめな廃人になってしまう。私はまだ気づくのが早かったのか?それとも遅かったのかはわからない。だけど気づいたからにはきちんと修正をしていかなければいけないと思っている。
それには真実はただ1つである。それだけである。


作成者 dvhigai1 : 2008年4月22日(火) 23:11 [ コメント : 8] [ トラックバック : 0]
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私は今から5年位前に下田市の女性センターに相談に行きました。


今から5年前、夫の仕事と転職と共に静岡県に以前から別荘として使用していた場所に田舎暮らしがしたくて家族5人で引っ越しました。それまで夫は市の職員として働き私は専業主婦をやり、子供3人を育て毎日家で内職をしていました。
夫は実家と田舎の物件と新車と何個の財産?借金があり、それは将来自分たちの物になると信じ私も同感して田舎に行きました。
しかし、田舎暮らしは私が予想していたものとは遥かに遠いもので
車で買い物は最低20分。学校行事は子供が少ないので役員は引っ越してから半年でなり、仕事も家のローンがあったので私は約10万、夫は約28万は稼いでいました。子供に習い事など縁遠く、ただただ暮らす為に生活する為に働いていました。
その為夫婦でいざこざはしょっちゅう。
私はどうにかして夫婦で仲良く出来ないか、初めて静岡県下田市にある、女性センターに女性の相談にのってくれると思い相談に行きました。土屋という女性がいて別室で相談にのってくれました。
直ぐに別れて一時保護所の入所を勧められました。
私は、その時はぶたれたこともないし死に至るような事は一切ないと確信していたので、何も相談にならないと思い、そこには2度と行きませんでした。
なぜ、夫婦喧嘩くらいでこんな事になるのか疑問に思っていました。
しかし、田舎暮らしを続けて行くうちに人間関係がぎくしゃくし、子供の事とか仕事のこと家の事、全てが頭が回らなくなり、過労から田んぼに車を居眠りうんてんしたまま落っことしてしまいました。
幸いけがはありませんでしたが、自分自身きゅうきゅうになっていたのでしょう。
夫からは金銭に困ると私が喧嘩ごしでどうするのというと実家に言えば良いじゃないかの繰り返し、実家に頼むと自分たちで田舎に行きたいと言ったんだから知らない。その中で私はカードローンを組んでたちまち120万に借金がふくらんでしまいました。(第1話はここまで)


作成者 dvhigai1 : 2008年3月23日(日) 11:09 [ コメント : 0] [ トラックバック : 0]
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一時保護所ってさくらがいるのかもね、もしかしたら

2008年3月21日(金)
自分がいたとき不思議と皆はつらつとしていた。本当に夫に暴力を振るわれたの?鼻を思い切り殴られたと言ってたが、骨折したと言ってたが、骨折すると1日で良くなるの?疑わしいな。
不思議な女がいた名前は石○という。この名前もさくらの名前?
私がこの人だけは本当に悩んで保護所に来たと言う人が見た限りは1人だけだった。真実性がない。他の人は
だから顔つきも明るい。子供も明るい。そんなの変だよな。嫌なことがあってなんで元気にしてられるのかな?
どの人も疑わしかった。
又、隣接していた母子寮も隣接というか同じ建物の1階にあった。お腹の大きな人が2人いた。他にも姉弟がいるという。その子達は里親に預けているらしい。何だか私にはぴんと来なかった。
それにしても保護所は満杯。しかし子供連れの人ばかりが入所してくる。それ以外で子供のいない人は半年位公的の保護所にいたのである。フィリピン人らしい。保護命令書申し立てを作ることもせず、毎日部屋に引きこもり。後は52歳の1人ものの女性。この女性は月極駐車場を借り、いつも外出可能だった様だ。
掃除の仕事がいつも定番で決まると出ていき又戻ると言っていた。
いったい何が本当のことなのか、何の為に保護所が必要なのか国に考え
て欲しい。
子供の事を考えて欲しい。
一生の子供の人生を考えて欲しい。私は3ヶ月に1回位フラッシュバックでうなされる。いつもあの出てきた時の光景だ。それと静岡県と聞くとどきっとしてあの悪夢を思い出す。
こんな40歳の大人がフラッシュバックするのに子供達はと考えると恐ろしい。
この心の傷はいったい誰が責任をとるのか。
行政は必ず、戻るときはご自分でと無責任な発言をする。出るときは虐められていると思ったから助けたと。
では、行政よ今も私は苦しい生活をしなければいけない。
経済的にも精神的にも。
これでも自分で責任をとれと言うのか、世の中には身体が不自由だったり、心を病んでいる人が沢山いる。だけど国はこんなくだらないDV法なんてつくりくだらない運用をしている。
こんなこともう止めてくれ!!日本を汚すな。
家族を奪うな、ささやかな家族の幸せを奪うな。
お前達も家族はいるんだろう。なのになぜ、不幸になる人を増やす。
何回人の涙を見たのか。本当に人助けはこんなに大々的にやらないぞ。
困ってる人を見たらそーっと手をさしのべるだけであったかいのだ。


作成者 dvhigai1 : 2008年3月21日(金) 17:16 [ コメント : 1] [ トラックバック : 0]
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私は夫の元から逃げて本当に幸せでしたって何で言えないの?

私は、夫の元から家を出てからずいぶんと悩みました。本当にこれで良かったのかって。
だから、気がついたら、毎日のように女性センターの相談員に相談電話をかけていました。

ある日、江ノ島の中にある女性センターにカウンセリングが月単位で1回ありますと説明を受けた。
私は予約し、毎月通った。計3回だ。
中で何か洗脳を受けたわけではなく、ただひたすら、私がしゃべり、カウンセラーが聞き役。
何も進歩しない中で、私は孤独との戦いに陥った。
自分を責めたり、こんなふうになったのは夫のせいだと、恨んだ。
何が真実かもわからなくなり、自暴自棄であった。
伊豆に住んでいた頃お世話になった友人にメールを何回かうった。
友人はあの時、どんなふうに思っていたのだろうか?
今、思うと本当にその友人には迷惑をかけてしまったと心から詫びている。
出るときに、唯一相談にのったら、反対してくれた友人だ。
私には、もうその時は友人の声も何も聞こえない自分勝手な人間になっていたのだろう。
その人にせめて、置き手紙を世話になったんだからと言われた様な記憶がある。
スーパーで慌てて、日本酒を買い、夫の元に置いてきた。

もう私はあの日から記憶が一気に無くなってしまった。
残ったのは夫を恨む気持ちしかないのと、自分を自問自答する日々になっていた。
ただ、その友人は私が心の中では夫の元に戻れればいいのにって思っていたのかもしれません。

話が変わりますが、DV法を使って、夫の暴力から逃れた人のブログを良く見る。
しかし、どの人も、苦しい様子がうかがえる。
ブログを見ると、私のあの時の気持ちと同じように重ねてしまうのであります。
自分の勝手な判断や行動を反省する事はせず、人のせいにして夫を悪者に仕立て上げる事により、自分のやってきたことも満足するように、自分で気持ちを、そうもっていくのだろう。と思う。
ならば、皆幸せだ。これ以上の幸せは無いと、もっと語っているはずだ。
だけど、ブログで見る限りは、何故かいまだにモラ夫と言って夫の悪口といい、引きずっている生活をしている。
そして、たいていは生活保護受給者だ。又精神病を患っている人が多い。
ここまでも、皆がみな同じ症状になると言うことは、まるでインフルエンザのウイルスに犯されてしまった様に感じる。

そして、何かの宗教団体に、たぶらかされているようにさえ、感じる。

又私も女性相談の人に言われたが、女の人が自立して生きていくのに、資格があると使えるわよと。
知り合いで介護の仕事をしている女性がいるが、その人は母子家庭で無料でヘルパーの免許をとったと言うことだ。その人はDV法で離婚したわけでは無いのですが、私の場合は、何しろ離婚して自立するなら、資格と、強く言われたのを覚えています。

何か、DV法を使った女性、みんながこのプログラムが当てはまるように組み込まれているようにさえ感じます。

離婚の手だてから仕事のノウハウや精神科の通院、生活保護受給の進め。どれをとっても8割位の女性はDV法を使えば当てはまるのでは無いでしょうか?
自分は違うなんて思っていても、もし違う人は実家に世話になっているんじゃ無いかな?
何しろ、妻側の実家の人間も洗脳するくらい、強烈な法律だから。
選択の中には充分当てはまります。

私は聞いてみたい。夫の元を離れて凄く幸せだ。自分は生活を自分だけで成り立たせ、夫と一緒に生活をしていた頃より数倍幸せだと。
お父さんなんかこの世にいなくても私一人で立派に子供を1人前に育てられましたって。
そんなこと言える人がいるのなら見せて欲しいと。
言えないでしょう。そんなこと。
負け犬になっているくせに負け犬の遠吠え。
惨めな女の生き方になるくらいなら、最初から家なんか出るな。旦那と上手くやれって。
これは、自分自身にも言えること。
それを自分で認めたく無いから一生懸命、私は自立した。なんて鼻をとがらせていまだに旦那の事を見下している。
何が満足なのか、見ていて見苦しい。家を出て幸せになると誓ったのなら筋を通せと。
できなければ、素直に自分のしてきた悪事を認め、責任を取ること。
中途半端に別れた旦那に、子供をちらつかせ、会わせてやっているとか見下し目線でものをいう女は見苦しいぞって。
素直になれよって思う。いまだに洗脳に気がつかないのか気づきたく無いのか、母親なら気付よと。自分一人で生きてるんじゃ無いんだよって。

人は一人では決して生きられない。ならば、お互いに思いやりをもっていけば家族は壊れないで保つことができるのに。
壊すことばかり考えないでいかに壊さないように、大事に育てる。そういった気持ちをもたなければ最後は本当にこの世に一人ぼっち。そんな意地を張って生きることが格好良い生き方だとは思わない。
自分でもできないことはできないと素直に認め、人の力を借りるために頭を下げる勇気も必要だと。
感謝できる人間になることの大切さ。私は41歳にして心から家族に感謝の気持ちをもつことができました。
素直にありがとうって言える人間になれました。

私は、今できることならもうこのDV法から解き放されたい。自由の身になりたいと思う時がある。
それだけ、DV法は人の心を壊し、苦しめる恐ろしい法律なのだ。

時を忘れ、家族と又仲良く元の様に戻りたいと願う私はばちあたりなのでしょうか?
償いという言葉が身を斬る思いを一生負わなければならないのでしょうか?
自分を責めて、法律を憎んで…

心から、笑える日が来るのでしょうか?

家族でいることは時に苦しく時に、辛く時に我慢の日々。でもその重ねた努力がいずれ花を咲かせる事ができると
そう信じていれば、自然と苦しみも無くなる。
自分だけで家庭を築けると思うことは、非常に危険な行為であって、正直自殺行為。
家族のある、ありがたみにちゃんと目を向け素直な自分になれれば、幸せも見えてくると。
そう、実感できる日が必ず、きます。
自分を信じて、家族を信じて。
私は、そう思ったから、夫と離れたあと良く話し合って、又家族で一緒になれて良かったと思っています。胸を張って大きな声でしっかり言えます。
逆に、こうならない事を望んで夫をずっと恨み続ける生き方をしてきたのなら、私は人を恨む嫌な人間になっていたでしょう。心から感謝する気持ちももてず、一生、ひがんだ心をもつ、いやしい人間になっていたことでしょう。
悪法であるDV法に自分できずかなければ、おそらく女性は又同じ事を繰り返すと思います。

でも、夫側はもう家族を取り戻すのなら、きれい事は言ってはいられない。
子供と一生会えないで いるくらいなら、いっそ騙されて奥さんの意見に賛成して、自分を押し殺すのも一つの手。
あーアホな法律のせいで人生めちゃくちゃにされて、自分を押し殺さなければ、家族でいられないなんて不合理ですけど。
でも、わからない人にいくら説明しても、くだらない労力と体力消耗につながるなら、自分が一つ大人の大人になる
そういった男性側の生き方も有りなんでしょうかね。なんて最近夫と話しています。
子供の未来を考えたら、お父さんは子供のために…なんてね。

本当なら、DV法使った奥さんに これって悪法なんだよって。私から教えてあげたいですけど、信じちゃっているでしょう。自分が正しいって。そういう人って、いくら言い聞かせても逆に悪循環。
逆に女性センターのように、相手をほめちぎって、相手のやりたいようにさせる。
まずは、相手に隙を与えずにね。
何しろ、作戦はこっちに気持ちをもって来させる。
もってきて暫くしたら、元の自分に少しずつ戻すのも手かも。
まずは、離婚しているなら再婚するといいよって、自分をアピールする。
そんなやり方も仕方ないのかな?

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